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高齢者が犯罪に手を染めるとき
『高齢初犯』
2014年10月30日(Thu) 中村宏之 (読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員)
高齢者の犯罪が近年増えている事実に着目し、その背景にある問題を丁寧な取材を重ねて浮き彫りにした本である。それまで善良に生きてきた人が、高齢者と呼ばれる年齢になってから初めて犯罪に手を染める。もちろん本人の責任は逃れられないが、人生の終盤にさしかかった人の犯罪が顕著に増えている背景には、高齢者と社会との関わりが以前とは大きく変質していることがあると指摘した。筆者(中村)も人生の折り返し点を過ぎ、今後自分が置かれた状況によっては、「もしかしたら、自分もやってしまうかもしれない」と身につまされた。
本書は日本テレビを中心にネットワーク各局が制作に参加する「NNNドキュメント」の番組がもとになっている。この番組は筆者も見た。人生経験を積み、一見穏やかにみえる人が罪を犯し、その後深く後悔している姿に心が痛んだ。警察庁の資料によると、我が国の高齢者による犯罪は平成に入った頃から目立ち始め、特に平成10年以降に顕著となっている。
ストーカー、万引き、殺人…
『高齢初犯―あなたが突然、犯罪者になる日』(NNNドキュメント取材班、ポプラ社)
本書には多くの事例が紹介されている。
・高齢者ストーカーの急増
・300円の惣菜を万引きした70歳男性
・別居中の夫に対するイライラが募って万引きを繰り返した66歳の女性
・過去の生活が忘れられずに財布を盗んで現行犯逮捕された65歳男性
・4万9000円の所持金がありながら万引きした70歳男性
・精神疾患の息子を殺めた67歳の父親
・同級生に貸したお金が戻らず、会社倒産後63歳で強盗致傷に走った男性
などだ。
どのケースもやるせない思いに襲われる。犯罪が悪いのは確かだが、そう断じ切きってしまうには何かひっかかる。なぜ人生経験を積み、それなりに分別もあるはずの高齢者が犯罪者になってしまうのか。
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高齢者が犯罪に手を染めるとき
『高齢初犯』
2014年10月30日(Thu) 中村宏之 (読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員)
理由は根深く、複雑だが、本書はその理由として高齢者の社会的な孤立があると指摘する。家族や近隣社会、行政との関わりから孤立する。一人で暮らし、経済的にも追い込まれる。体力的にも衰えてゆく。そうした中で犯罪に走ってしまうのだ。
犯行の引き金はないのかもしれない
さらに本書は、高齢になることによる様々な変化にも言及する。たとえば体力の低下、経済的な環境の悪化による不安、仕事がなくなることによる人間関係の変化などだ。これは実際に高齢者になってみないとわからない部分もあるだろう。「高齢者になってみなければ高齢者の気持ちはわからない」と本書も言及している。取材者の正直な気持ちの吐露だと思う。
本書で印象的だったのは、罪を犯した多くの高齢者が、その時のことを問われた時の反応だ。「むしゃくしゃしていた」、「もう、どうにでもなれ」と話しながら、その瞬間については「覚えていない」、「やる、やらない、を迷いながら、どうしてやる方向に決意してしまったのかわからない」といった趣旨の答えをする人が多いことだ。
取材でも「その時はどういう思いだったのか」という点には当然、迫っている。しかし、はっきりした部分はなかなかわからない。
本書は〈そもそも罪を犯す瞬間、犯行の引き金になるような具体的なきっかけはないのかもしれない。膨らみすぎた風船が破裂するように、不安な気持ちが限界に達したとき、直接の外的要因がなくてもそれに耐えられなくなって爆発してしまうのかもしれない〉と指摘する。たしかにそうなのかもしれない。「本人もわからない心の闇があるのか」という思いに襲われつつ、筆者もほぼ同じ印象を持った。
習慣づけるべき7つのポイント
人は誰でも老いる。洋の東西、万人に共通し、あらがえない現実だ。ただ、サラリーマンでも自営業者でも、仕事を勤め上げ、社会で現役を退いた後、命の灯が消えるまでどう過ごせるかは人によって大きく違う。
子や孫に囲まれて楽しく老後を暮らせる人は本当に幸せだと思う。しかし、世の中にはそういう人ばかりではない。孤独に身をやつしながら暮らす人もいるし、むしろ今はそういう人が増えているのかもしれない。経済的に困窮し、行き場所がなく、犯罪を繰り返して刑務所でずっと余生を送る人もいる。本書は、社会から孤立し、後悔するような罪を犯さないためにも、高齢者が互いに見守り、大事にされる関係をつくることが大事だと指摘する。
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高齢者が犯罪に手を染めるとき
『高齢初犯』
2014年10月30日(Thu) 中村宏之 (読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員)
そのためにはどうすればよいのか。本書の終章では〈家族、親類、友人など横のつながりを早めに築く〉など習慣づけるべき7つのポイントを挙げている。いずれも合点のゆくことばかりである。高齢者になった時、社会から孤立しないために、その前から準備を進める必要性を本書は説く。年齢を重ね、体力が落ちた自分がどんな思いで暮らしていくのかを早めに考えて、準備をすることが大事だと強調する。
仕事に邁進している働き盛りの現役世代には、こうした発想には筆者も含めてなかなかなりにくい。しかし、冷静に考えれば非常に大事なことである。社会での肩書や所属する組織で活躍することはもちろん大切だが、自己を確立し、家族や地域と良好な関係を築き、そして何より自分に誇りをもつことは何より重要なことである。読む人の年齢を問わず、人間としてしっかり生きる力を自分で持つことの大切さを強烈に知らしめてくれる一冊だ。
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